一度食べかけて、また吐く/由比良 倖
 
蔵庫と言っても、毎朝氷を入れ替えなくてはいけない奴だったんじゃないだろうか。氷屋という涼しい響き。
 父が死んだとき、彼が残したものは、本当に取るに足らない、一人の男の足跡というには、あまりに粗末なものばかりだった。まず、蔵書からしてひどいものだった。早起きの指南書だとか、英会話の指南書だとか、紳士的な浮気の指南書だとか、二十年間は手つかずであったのだろうポルノ雑誌だとか、僕はそれらをひとつひとつ積み上げては紙紐で縛りながら、彼の一生の中にたゆたっていた感情的な波を、そのにおいを嗅ぎ分けようとした。結局彼は自分の寂しさに気付かない程度には幸福な男だったのではないかと思うと、一刻も早く実家を飛び出
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