一度食べかけて、また吐く/由比良 倖
 
び出していきたくなった。理由無き笑いを夜の静寂に何の諧謔もなく定着させてしまうための恰好の生き様。そう呟いて、ひどく気持ち悪くなった。
 僕が父から譲り受けたものは、唯一古びた手動のかき氷機だけだった。僕は夏になると毎日のようにかき氷を食べる。ただの水の、歯触りだけを楽しむ。お腹の調子は悪くなるし、夏ばてですっかり顔なんかは見られたものじゃないくらいペイル・ブルーな相貌を曝し始めるけれど、まるで僕が夏の中で希薄化してしまえるようで、かき氷はやめられない。

 たろやんの部屋から「たったらった〜」という楽しげな声が聞こえた。彼女が書いている小説が、そろそろ佳境に入りかけた合図だ。「らんらら〜、うみざかな〜、らら〜、うみへび〜、えび〜、うみねこ〜、うみうし〜、るる〜、うみしんじゅ〜」歌は延々と続いている。キーボードに乗せられた指もそれに合わせて、踊るように動いているのだろう。僕は、ハイネケンの缶をテーブルで揺らしながら、小声でそれに合わせた。
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