メキシコ/天才詩人
 
思ったのか、俺の目を見て一言、”pan?”と言った。俺は、そのpan = パン(西語)という、少女が発した言葉の、鮮明な響きを、いまでも忘れることができない。ロスアンゼルスでは、通りを行く人々の話す言葉がほとんどわから なかった。(そもそもリトルトーキョーのさびれた倉庫街では、道を歩いているのは、打ち捨てられたスーパーのカートに家財道具を積んだ、ホームレスくらい のものだった。)スペイン語は日本語と同じく母音が五つしかない言葉で、発音がよく似ていることくらいの知識はあった。だが、初めての国で右も左もわから ない状態でいたとき、その少女の発した「パン」という単語があまりにストレートに自分の耳に届いた
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