メキシコ/天才詩人
涙がこぼれた。午前7時まえだった。レフォルマ通りを過ぎたところにある、緑の木々に囲まれた小さな公園を出て、教会前の、溝に空のペットボトルや食べ物 のかすが投棄された下水管の匂いのする路地を、歩いていた。前方にはガラス張りの高層ビル群が林立するのが見え、老婆やOLが眩しそうにかわいた朝日を浴 びながら、地下鉄のエントランスへ早足で向かっている、そんな風景のなかだった。俺は美術館のアシスタントとしてこの国に来て、自分の収入に不相応な、ブ ティックホテルに泊まっていた。毎日市内の各所にある美術家のスタジオを訪問し、朝から晩まで、スペイン語のできないアメリカ人の上司の通訳をした。ほとんど休む間もない時間が
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