読めないときも焦らずに/木葉 揺
 
しい」ということになって、二重三重のストレスになります。
 そういうときは、誰かに話をきいてもらいます。ただわけもわからず話してるうちに、元となる出来事が口からこぼれます。そこで話を聞いてくれている人が共感してくれたり、私の代わりに当時の会話の相手を責めてくれることで、やっと救われ、ラクになります。よくわからないけど、時にダメージを受けた相手を自分が責めるのは、なぜか私の中にタブーのようにのしかかります。責める時もかばいながら責めたり、なんかそれは揺るがないポリシーのようです。精神科医にひどいこと言われて悪化しても、「あの日病院が混んでて、先生余裕なかったんだなぁ」と思ってしまう始末。結局当事派
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