沈丁花/吉岡ペペロ
 
客さんのことを思って時間をかけて作られているはずがない、というのが理由だった。このまえ入れ歯を買おうとしたら一番高い入れ歯で五百万のものまでしかなくて腹が立って仕方がなかったんだという。
「そんな安いもの口に入れられるかよ」
 繁治ははじめ、この自称富裕層の話を半分疑って聞いていた。富裕層ならタクシーなんか使わないだろう。でもこの言葉があって繁治は考えを変えた。
「富裕層ってのはもう、難民と一緒なんだよ。納得いくお金の使い方ができるんなら、ぼくは幾らでも出すけどね。でもないんだよ、だから難民みたいなもんだよ」
「私なんかは、羨ましいですけどねえ」
「人間ってのは、生きてるってのは、結局個
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