歩く耳/あおい満月
 
私の耳は雑踏を歩く。
歩きながら無数の罵倒を食べている。
ある声は街中でぶつかりあった肩に
舌打ちし、
ある声は、休日の電話に悪態をつき、
ある声は、暖かな午後に寒いと言って愚痴を吐き、
ある声は、真夜中の明かりが五月蝿いと
枕元で毒を吐く。
私の耳は一日中歩き回り、
このような声を食べている。
食べては脳裏の一番奥の小さな台所で
料理をする。

*

包丁を握る手が止まらない。
手は、腸のように伸びた人参を刻む。
刻んでも刻んでも、
人参は細かくはならない。
諦めてフードミキサーにかけて
大分細かくはしたが、
よくよく目を凝らすと、
新聞の切れ端のよう
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