看取り(3/3)/吉岡ペペロ
いうより、ここで息子を育てる以外、幸福になる方法はない。
杉下さんは持ちこたえてくれた。それはこの仕事の唯一のかすかな喜びだった。午前の光を辿りながら息子のホームでの話を聞いていた。
「おばあちゃんがすき焼き食べに来なさい、って言うよ」
「すき焼きか、パパもよく言われるんだ」
「いっしょに行こうよ、すき焼きって、おいしいんだよ」
「すき焼き知ってるのか」
「きのうの夜ごはん、肉じゃがだったでしょ」
息子は同僚の立石さんに肉じゃがをもっと美味しくしたのがすき焼きだと教わったのだそうだ。
「でもね、立石さんは誘われたことないんだって」
風が強い。風が春のひかりから熱を奪っていた。
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