鍵/マゼンタ
 
か鑑賞する者のためじゃないか。

僕はいらいらして長く伸びた爪をぎりぎりと噛んだ。
そして再び巨大な紅い蝶の目の前に立っていた。
「愛しているよ」
そう言ってキャンバスの表面を触った。少しくらくらするのは独特な匂いのする有機溶剤を肺の奥深くまで吸い込んだせいだろう。蝶の腹のあたりに頬を当ててみる。そう、思った通りだ。なだらかに盛り上がった油絵の具の蝶は徐々に立体的になっていった。
「さぁ、こっちにおいでよ。怖がらないで。君は本当に綺麗」
スラックスのポケットの中に細長く鋭い何かがあった。どうしてこんなものが。まあいいや。さぁ、こんな狭いところにいないで、すぐに出してやるよ。ポケットか
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