公務員に成れなかったコックローチ /島中 充
怒りの顔となり、赤い蟹の甲羅に深く刻まれ、平家蟹と気味悪がられた。ここはたたりの海、幼帝や公達の怨霊のさ迷う海であった。しかし、現在、向こう岸まで数百メートルの海峡にトンネルや長大な吊り橋が架かり、九州と本州を繋ぐ動脈になっている。この狭い海峡を多くのタンカーが行き来し、青い鬼火のゆらめく海、たたりの海はとうの昔になくなっていた。
若者は大きく腕を振り上げ壇ノ浦を指さして「いくぞ」と声を張り上げた。道路は数千のゴキブリで埋め尽くされている。ゴキブリの大群は海峡の砂浜に向かって、津波のように進んで行った。路面は黒く揺れているように見えた。誰もいない広々とした道路を若者は茶色の羽をひらひらと羽搏かせ
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