公務員に成れなかったコックローチ /島中 充
のだろう。聞き耳をたてた。そうだ私を呼んでいるのに違いない。私を呼ぶ声だと若者は思った。ハァハァと息をしながら、よだれを垂らした。ゴキブリはくるくるとむちのように触覚を振り回した。頭を下げ小さな複眼で食べ物をさがして、裸の胸や腹の上を這いまわっている。顔の上を這いまわり耳の中を触覚で探ったり、においを嗅いだりしている。半開きのよだれの口の中に入り、若者は思わずプッと吐き出したこともあった。ときおりプツリと咬むことがあったが痛くはなかった。それにも慣れた。若者にこれまで恋人などいたためしはなかったのだが、これこそ恋人が爪を立てる愛撫、接吻のような愛にさえ若者は感じるのだった。若者は毎日毎日ドラッグを
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