地下鉄のなかで/吉岡ペペロ
と、ぼくが聞くと老人は寝たふりを決め込んでいた。地下鉄が急カーブに車輪を軋ませた。老人のからだがぼくを押した。ぼくは老人を押し返した。
腹に痛みがはしった。筋肉痛にしては内蔵にまで食い込むような痛みだった。
刺しやがったのか、と思って脇腹に手をやった。虫の匂いが濃くなった。老人の杖がぼくに喰い込んでいた。
ぼくは老人の杖を腕でどけた。杖を押しやるのと同時にドアが開いた。なぜこんな急カーブの直後に駅をつくったのだろう。老人が何食わぬ顔をして、しかしよろよろと車両を降りていった。
ぼくの鞄は無事だった。あきらめたのだ。あの杖のひと突きは老人の腹いせのひと突きだった。
ぼくはホームに目をやった
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