黒円(小説)/
 
色とは言えない、見たこともない色なのであった。凡そ極楽というものが本当に在るとすれば、斯ような世界のようにも思えた。全ての色がスパークしており、それでいて混濁せずそれぞれの色が己の個性を発揮しつつ、一つの光に纏められているといった風であった。そしていつしか男はその色彩や、常軌を逸した映像の数々に魅入られるようになっていった。
 
 この頃から男は誰に話しかけられてもうまく受け答えができなくなっていた。勿論仕事どころではない。会社に行くと見せかけて、近くの公園で黒円と共に日がな一日過ごしているのであった。妻は男の異常に気付いていたろうが、会社へ行っていないとまでは思いはしまいと男はたかをくくって
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