黒円(小説)/
 
を見ますか?」
「黒い輪っかだけなのです」

 結局何かの薬が処方され、様子を見ようということになった。妻には余計な心配をかけたくなかったので男は黙っていた。しかし、薬の効果はなく輪っかはその後次々現れ、遂にはずっと出現し続けるようになった。その頃には男は黒い輪っかに慣れきってしまっていた。男の目の前に黒い輪っかは常に出現しており、それは取引先の部長などを擦り抜けてぶらんと宙づりになっている。丁度、ドーナツ型の空洞に取引先の人間が入り、その周囲を黒輪が象るといった形になっているので、仕事には支障はない。こうなると最早心療内科にも男は行かなくなってしまった。輪っかには次々とその時男が心の底で想
[次のページ]
戻る   Point(1)