黒円(小説)/
 
の前に輪っかが出現したからでもあった。他の人々にとって輪っかは透き通っており、その存在はないかのようで、輪っかが自分の体をすり抜けていくことにも無頓着であった。しかし、男は輪っかに触れることができるのであった。感触はすべすべしており、ひんやりともして心地よかった。この、男だけの実体感にも当惑させられたので、男は念のため心療内科も受診してみた。

「幻覚でしょう」
「しかし、その円環には私は触れることもできるんですよ?」
「そういう感覚も幻覚の一種です。俄かには信じられないと思われますが、そのような幻覚もあるのです。声は聞こえてきたりしますか?」
「いや、声は特に」
「では、他には何を見
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