春に吹く風/吉岡ペペロ
 

今日あのときから物悲しくなったような気がする。

車は渋滞に巻き込まれていた。

フロントガラスには薄い群青色の空、ちいさな貝のようなかたちをした月がひかっていた。

京香がよこでケータイをいじっている。

ぼくは家に帰って犬の散歩をしようと思った。

京香を自宅に招いたことはなかった。

理由は簡単だ。ぼくは大人だからだ。

会社への行き帰り電車から新緑のきらめきを見つめているとぼくは京香に無性に会いたくなった。

京香とは平日しか会えない。ぼくは平日は仕事だ。

桜をふたりで見ることは出来なかった。だから新緑だけはふたりで見たかった。

ぼくは桜が嫌
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