いくつもの視線、捨てられた詩篇、真夜中のキッチンの音のないモノローグ/ホロウ・シカエルボク
 






明かりの落ちた街路を歩くときに
くらがりに身を隠した
名も知らぬだれかの歌声を耳にするときに


目の潰れた犬が引っ掻くような声で鳴いた
脚がひとつだけの男が飛蝗のように跳ねる
去年の蝉の抜殻が風に揺れて誘うような音を立てる


鍵を削りながら気がふれた
末期のバセドウ病で眼球の飛び出た男が
口ずさんでいたアヴェ・マリアは
細い針のように飛んで開かない窓で兆弾していた


潰れた酒場のカウンターで
女が煙草を吹かしている
いちばん小さな明かりだけをつけて
人生を清算している
もう一度なにかが起こるなら
もうそんな風には思えない

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