群像/飯沼ふるい
ない男が
新しい命の為に流した汗は蒸発してアパラチア山脈の霧となったことに疑いようがありません。
しかし彼の妻はペストに罹り、腹の子と共に赤い土の中で分解されていきました。
彼の慟哭は、あのシチリアの銀行家が見た走馬灯の最後に、鈴の音のようにかすかに響いたのです。
※
雪のまばらに残った梨畑が午後四時の夕陽に曝されて、赤黒く染まっていた。
渋谷のスクランブル交差点を歩く群集が頭によぎった。
田舎者が思い浮かべるテンプレートな都会の偶像だ。
しかしそこに同時代の私がいる。
共有しきれない、私という境界が、肩をぶつけ合い、ざわめき、すれ違う。
哲学を噛み砕いたような
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