術後/草野大悟2
 
部位と反対側の橋静脈の出血は、これまでに経験したことがないし、このような症例を文献で見た記憶もない。
 村中の手が止まった。
 手術室のデジタル時計が時を刻んでゆく。
逡巡している暇はない。
 自分の持つ技術と知識を総動員して処置を進める他に道はない。
 村中は、覚悟を決めた。
 深呼吸をし、手ぶれを最小限に抑える。
 他の血管や脳組織を傷つけないように細心の注意を払い、出血源の橋静脈をバイポーラーで慎重に焼灼してゆく。
 ジッ、という音がし、薄い煙が立ち昇る。
ふーっ、と大きく息を吐き、思い切り空気を吸い込む。
 肉の焼ける匂いが鼻腔を刺激する。
 時計を見る。

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