風のはじまりをあなたは知っていますか?/木屋 亞万
部屋に沈んだ彼女の匂いが、巻き上げられる気がした。
ある日いつものように、彼女の部屋でベッドにもたれ、いつものように本を読んでいた。そのとき読んでいたのは、たしかチェーホフの『かもめ』だったように思う。「もしいつか、わたしの命がお入り用になったら、いらして、お取りになってね」そんなセリフを口の中で転がしているうちに眠りに落ちていた。
風が起こる気配がして、夢が終わり、意識が覚めてきていた。彼女の歩く気配がして、それまで部屋に吹いたことのない強い風が吹き抜けた。慌てて目を開くと、風は開け放たれた部屋の入り口から吹いてきていて、全開になった窓へ抜けていた。窓の向こうでは、ベランダの手すりに腰を
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