「私」のノンレトリック/佐々宝砂
ほかに述べたい主題なんか持っていないのだ
と いうわけで 前置きはおしまいで
いよいよ「私」について語ろう
いま「私」はひとり窓から外を見ている
外は夜明けで少しずつ明るくなってきて
その明るさに薄れゆく蠍座のアンタレスの赤に
「私」は理由のはっきりしない郷愁を覚えている
「私」は星が好きだ
対象が星であるならいくらでも好きだと言える
好きだ好きだ大好きだ
レトリックもクソもありゃしない
好きなものは好きだ
好きだから好きだ
「私」はその感情をアンタレスに放射する
アンタレスは無機物に過ぎないので文句は言わない
文句は言わないが愛を返してくれるわけでもないので
[次のページ]
戻る 編 削 Point(6)