「私」のノンレトリック/佐々宝砂
で
「私」はだんだん悲しくなってくる
悲しくなってくるが好きなものはやっぱり好きで
感情の隠蔽は身体によくないから
「私」は再び好きだ好きだと繰り返し
その言葉をただまっすぐ空に放つ
「あなた」が星ではないことを
「あなた」が空にいるわけではないことを
「私」は知っている
知っていて空に放つ
言葉を受けとめるべき対象は存在せず
その対象を幻想として思い描くこともできず
持ったことがないものだから
喪うことすらできなかったその対象を
「あなた」と名付けることによって強引に存在させ
しかもなお「あなた」の非在を強烈に自覚しつつ
「私」はつぶやく
「私」は「あなた」が好きだと
このカギカッコを取り去ることは不可能に近い
あなたはそれを知っているだろう
(あなたが誰であれ)
あなたは「あなた」ではなく
筆者は「私」ではないのだ
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