ナニカ/草野大悟2
 
いつも自慢する夫に瓜二つの秀一郎に、祖母は見向きもしなかった。住み込みの若い家政婦だけが彼と遊んでくれた。
 将来、秀明の会社を継ぐことが確実視されていた秀一郎は、視野と人脈を広げるためには他業種経験が不可欠、との秀明の方針に従い、大学を出てすぐ地元の銀行に職を得て三年程働いた。その後、証券会社を経て、野津が小学生になるころには不動産会社に勤めており、出張、と称して月に一度は一週間程家を空けた。幸恵は、大きめのボストンバッグに着替えなどを詰めて出張の準備を整え、鼻歌交じりで家を出る秀一郎を黙って見送っていた。ギッ、ギッ、ギッという幸恵の歯ぎしりが今でも野津の耳に残っている。
 小学校三年生の夏
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