サリンジャーとドストエフスキー   (現代小説と近代小説の断絶について)/yamadahifumi
 
彼の存在を忘れていた。だから、彼は全てを忘れていたのに、しかし、忘れる事を、その肉体は許しはしなかった。彼の脳の中で、意識の中で、殺人は正当だった。正義だった。どこにも盲点はなかった。…しかし、彼の意識の外側に、彼が置き去りにしていた肉体が、その存在があった。そしてその存在こそが「人間」と呼ばれるものだった。この「人間」は彼の意識に反発した。…だから、彼は自分の罪を誰かに語らなければならなかった。ラスコーリニコフは自分自身に堪えられなかった。だからこそ、彼はその罪をソーニャに語ったのだ。


 ドストエフスキーの重要な作品はこのように、いわば意識と存在との矛盾、その相克に支配している。彼ら登
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