混迷錯雑した小説論/yamadahifumi
。なぜなら、それは『言葉でしか出来ない』表現の中核にあるのだから。
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自分で書いていても、結構あやふやで、自分の理論に自信が持てなくなってきた。おそらくは、小説ーー批評ーー詩の間にはっきりとした分け目を作るのは不可能なのだろう。それらは互いの中に入り込みながらも、しかもそれぞれに遠く離れている。まあ、今度は少し別の角度から考えてみよう。
書き手からすれば、小説というものが一番難しい。僕達は漱石やドストエフスキーを普通に読むが、彼らが自分の確信ある作品に到達したのは四十歳過ぎてからである。彼らが自分に確
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