混迷錯雑した小説論/yamadahifumi
 
間を書くとはどういう事か。君は、ある人間の言動を描く。君はその人間の姿形を描写する。だが、それは一体、どういう事だろうか。
 過去の自然主義文学においては、ある人間の言動やその容姿を描く事と、その人間の存在とが釣り合っていた。つまり、「人間の存在=人間の言動」という事だ。これはバランスある描写の仕方だったが、社会が高度に発展し、人間が観念化するにつれ、そういう事がはっきりとは言えなくなってきた。つまり、ある人間の生活している姿が、その人間の存在とイコールで結びつけるのが困難となってきた。何故かというと、その人間の自己意識というものが、社会の発展に合わせて肥大してきたからだ。そしてこの新しい社会に
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