蛇口/時子
蛇口から、流れ出る水から、おじいさんの声が聞こえる。
「ゴン……、ありがとなぁ…。お前と一緒にいられて楽しかった…ありがとなぁ…」
僕はおじいさんから2・3歩離れた。
おじいさんの背中がどんどん小さくなっていく。それはおじいさんとの距離が遠くなったからじゃない。
おじいさんが穴のあいた水風船みたいに、水を吐き出して、ゆっくりとしぼんでいく。
「春は桜が綺麗だったなぁ…。お前はボール遊びが好きだったなぁ…。あの頃は、ばあさんも元気だったなぁ…」
おじいさんの手には赤いリードが握られていた。なんだかそれがすごく切なくって、僕は「あぁ、ゴンはもういないんだ」
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