岬の家/佐東
 
る朝 牛乳配達の人が間違って父さん入りの瓶を回収した時でさえ
三日間 誰も気が付かなかったくらいだ

昨夜から風がない
姉さんの袖口も乾かない
父さんは朝から義足の手入れに余念がない
夏の始まりが近いのだ







海を望むキッチンに出窓がある 夏が近づくと母さんは決まって 開き窓の蝶番に鯨油をさし始める
もう四年も続いている母さんの
夏の始まりの ひそやかな儀式
蝶番から祖母の声がするの と言っては油をさし続ける
祖母は生前 出窓から望む海を好いており 沖合いを行くちいさな鯨の群れを 祖父だ と言ってきかなかった
四年前の風のない夜 祖母は消えた

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