記憶/壮佑
に声を掛けた。講堂の壇上に立ち尽く
した、どうしようもない恥ずかしさの記憶。
しかし寂しさや悲しさの記憶は、今では重い
石の蓋をして草叢に放置された古井戸に沈ん
でしまっているかのようだ。
月日が経ち、トキエは年季の入った農家の
主婦になった。私は青年になり、大学の夏休
みには帰郷した。青い海が光り、ひっきりな
しに蝉が鳴く島の果樹園に、女子高生達が摘
果作業の手伝いに来ていた。その中の一人が、
蜜柑の樹の枝を這う蛇の子供を見付けて泣き
出した。「ありゃまあ可愛い蛇じゃが」トキ
エは笑い、代わってその樹の摘果をした。
私はE・T・A・ホフマンの小説の一場面
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