「悲しみ」についての考察?決定論を参考に?/中川達矢
 
失くしたから悲しい。近親が亡くなったから悲しい。雨なのに傘を忘れたから悲しい。
その原因にあたるものは、絶対的な法則の下で悲しみをもたらしているわけではない。
大事な物を失くしたから、(新しい物を買える可能性を感じて)喜ぶこともあるだろう。
その原因にあたるものと悲しいという結果は、正しいか正しくないか、が常に、即座に導きだされるものではなく、その原因と結果の関係を信じるか信じないか、自らがそのように了解するかどうかによって、決まるだろう。
そして、ここに新たな鍵を加えるとしたら、その了解によって、物語ることが可能になる。
(原因:了解→結果:物語ることが可能になる、というのも、また了解
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