まだ生きている人に向けた四章/破片(はへん)
 
ってぼくに接触してきた老婆がいた。声を発するのは聞こえたが、凡そ、ぼくの知り得る言語には聞き取れなかった。手に持つ空き箱から、同じ商品を買い求めに来たのだとわかったが、それを手渡しても何かが満足しなかったらしく、必死に言葉を紡いだ。でもそれはおそらくどの国へ行っても、どの言語体系に則っても伝わらない幻の発語だ。無力だった。ぼくは人間としてその老婆に恐怖し、また自らの弱さ、至らなさに泣いてしまいそうだった。アルバイト中だったので心を殺していたのが幸いした。
 外出先で予想しない降雨に見舞われて、ぼくは安物のビニル傘を購入する。普通の人ならこうして、家に傘が一切ないという状況とは無縁となるのだろうが
[次のページ]
戻る   Point(1)