躯は踊る、無作為なときの中を、ひとりで/ホロウ・シカエルボク
 
いは場末のシアターのレイトショーに求めるような釈然としない欲望か?寝床になどなにも求めるべきではない、未整理に垂れ流されるものはすべて夢という名前で呼ばれるとしたものだ、どこに届くこともなければ、どこかで昇華されることもない、ただの垂れ流される出来事に過ぎない、身体の求めるままに横になるだけだ―このところ、むやみに長い夢を見る、喋ることでしか己を証明出来ない誰かの言葉に耳を傾けているような気分になる長い夢を、もしかしたら眠りというものは、日々の出来事をふるいにかけて、残ったものを確かめるための時間なのかもしれない、だから眠ることそのものを怖がるやつもいるのだ、眠りの前になって、しょぼくれた目で必死
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