無題/葉leaf
小説家の故郷には沼があった。小説家は人間を造形するために、いくつもの可能性の澱に沈まなければいけなかった。小説家にとって、過去は未定であり、未来は既定である。そして、沼からさざ波のように広がっていく故郷。/沼には伝説があった。もとい、伝説が沼をつくっていた。伝説の起伏や情感や密度により、沼の水量や光彩や静寂が見分けられるのだった。/十六歳の娘が悲恋の果てに身を投げた沼。十六個の鼓動とその隔たりとその隙間から溢れた十六歳の少年の涙がどこまでも故郷を舐めていった。/私は言葉を探して、発して、届けていいのだろうか。言葉という光を信じることで多くの生物的なものを裏切ってきた。私は人間を愛して、描いて、見放
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