おかえりなさい。わたしは彼の内腿へキックを放つ/鈴木妙
 
常道だろう。朝倉さんの勝利だ。しかし彼は全裸であって馬乗りになれば敵の手が届く位置に急所を晒すことになる。それに気がついたのか彼はすぐに立ち上がり、ファイティングポーズをとる。ステップを踏む。ボクシングの構えだ。なにもかもが細い顔を引き締め、今まさにふらふらと立ち上がろうとする佐伯さんを見据える。佐伯さんは頭を振りしばたかせた目は床を向き、意識がちょっと飛んでいる。
 ほんっとうにケンカ弱いなこの人。
わたしは朝倉さんの斜め後ろにおり襲える。だがそれはお断りだ。佐伯さん以外にわたしの暴力を使うなんて絶対に嫌だ。その代わり朝倉さんにそっと抱きつく。ささやく。
「もうやめて」
「宮下さん」

[次のページ]
戻る   Point(0)