おかえりなさい。わたしは彼の内腿へキックを放つ/鈴木妙
だな、無理に諭すとまたこじれてしまうかもしれない、と思って敷き布団の上に伏せてあった本へ目をやると前に貸したまま放っておかれていた小説だったから、脱いだジャケットをたたみつつさりげない調子で、
「これどう、面白い?」
と言ってみる。なんだかムーディーな雰囲気だ。
「なに、それ」
と宮下さんは言う。
「あれ、面白くない?」
「いや、じゃなくて」
彼女はぼくの手の甲を見ている。目をやると、両方とも中指のつけ根が破れて血が流れ、ジャケットの裾まで染めていたことがわかった。そしてぼくは、ベランダへと続く引き戸の前に置かれたデスクの上、ノーパソから音楽が流れていたことに気がついた。知って
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