おかえりなさい。わたしは彼の内腿へキックを放つ/鈴木妙
 
込める。見つめる。顔を近づける。
「おれはおまえが割と欲しかった、むかしからな」
 と言う。実に酒くさい。佐伯さんは深沢と目を合わせない。べつにとまどっているからではない。
「どうしようかな」
 と佐伯さんは言う。
「いや、決まりだ」
と深沢は言う。そう、決まっている。
「そういうことじゃない」
 佐伯さんは深沢を引き寄せてくちづける。三秒して離し、とん、と軽く突き飛ばす。彼は立ち上がり、よろめいて後退した深沢の顔を見る。
「くちびるを奪ったのは、ぼくだ」
 と佐伯さんは言う。続ける。
「つまりきみと寝ることを決めたのは、ぼくだ」
まばたきを繰り返す深沢の目がよどんでいる。
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