おかえりなさい。わたしは彼の内腿へキックを放つ/鈴木妙
」
と言っていた。あのプリントはどこへ行ったものかしら、収めたファイルごと捨ててしまったかもしれなかった。後で探してみようか、そう思ってぼんやりしていたからか、親指の腹を包丁でざっくりと切ってしまった。いたたたたた、いたいいたい、頭のなかで吠えながらハンカチを探すものの、なかったので食器ふきで押さえつける。荒い布地へ少しずつ血が広がっていく。じんじんという指の感覚を強く意識するのである。これは痛みだろうか? ふと口に出してみる。
「いたたたたた」
むろんというか、誰も聞いていない。蒸し暑い室内を跳ね返った甘ったるい残響が右耳へと入りこみ、指からの痺れとともに眼球の奥を挟み撃つことになった
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