おかえりなさい。わたしは彼の内腿へキックを放つ/鈴木妙
持っていない佐伯さんは自転車で駅まで走った方が早いし安いのだった。
「おおっと」
彼は自宅から谷間の大通りまで加速せず一定のスピードで降りていく遊びをしている。社会人になってまでアホな男だとわたしは思う。桜が散って最初の休日、彼はわたしと会っていない。家賃を自分で稼がなければならないのもあり、土曜日も塾のシフトを入れているのだ。今日、彼は高校時代の知人たちと会い、カラオケなどをした後に飲むのである。
「おおっと」
遊びは首尾よく成功し、大通りの信号で待つ間に≪バイトがんばってね!≫とメールをうつ。返信はすぐに送られてきたのだが、坂を上るのに夢中で気がつかなかった。駅では男女ふたりがすで
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