カイダン/リンネ
が上階から吹き下ろしてくる。Kの長い汚いけれども弾力のある黒い髪の毛がふわふわとなびいている。滲んだ汗のにおいがKの後ろに残されていく。これが物語なら書くものがあるはずだが、今のところをみれば、このKという男は階段をのぼっているだけだ。他にはだれも見当たらない。あるのは階段と階段だけだ。高さだけが威圧するように積み重なっていくが、書くべきものはどこにも表れない。ようするにわたしはだまされたのか。Kは幻のようなものを見た。階段の上には見たことのあるらしい、しかし大きすぎる雛人形が座って笑っている。こんなことが書ければしめたものだと思っていたが、Kは幻のひとつも見ない様子でただ階段をのぼっているだけ。
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