カイダン/リンネ
け。何とも書きようがない。まじめな男め。何か書かせたまえ。Kの右の手には爪がある。しかしこれは当たり前の話だ。訴えるべきことはない。爪など生やしていなければよかったのに。爪のない手は秘密の前ぶれだ。しかしこのKには爪がある。普通の右手がついた男だ。何の変哲もなく、つまり書くべきこともない、ただ階段をのぼるだけ、おりることすらしない、笑っていなければ、女を探すこともしない。女がいれば恨みつらみも生まれる、書きがいのある物語に女はつきものだ。階段をのぼるだけの男の物語なんて誰も読むはずがないし、そもそも書かれるべきではない。有限とされる時間のうちのどこにそんな無駄をしていい時があるだろうか。描写可能な
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