辺見庸『眼の海』を読む/石川敬大
現状に対して「異を唱え」「棹さおよう」な始源性や根源性の渦をもっていたとはどういうことだったのかといえば、一つには彼の書く詩文が形式的には未成熟であったことがある。散文の側から詩に接近する文学者が書く、既成の形式に捉われない無手勝の流儀が、新鮮な魅力として受け取られたといえるかもしれない。だがもっとも大事な要素は、辺見という文学者が小説だけではなく、何冊もの社会派ノンフィクション作品を書いてきた経験値によって、透徹した視点と重層的で守備範囲の広範な、豊富な知識から齎された知性の思考スタイルをもった書き手として、主観者・主体者として、とてつもなく強者であったことが核心にあるのだと思う。さらにいうなら
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