辺見庸『眼の海』を読む/石川敬大
葦の陰に立っ
ていて、よく見ると、みなびっくりするほどいたずらっぽく笑っているのだった。そうか、みんなもうなにか気づ
いているのだな。知っているのだな。わたしはそのときそう合点したことを、ナンチが消えさったいま、惘然とお
もいだして無人の入江のように哀しんでいる。わたしはすっかり肝をぬかれ、星々はわたしのなかの赤い入江をめ
ぐっている。
この散文詩では「ナンチ」という「ひとつの場所」が提出されているが、そこでの具体物であるべき名詞「矢車草」「コスモス」「ひとびとの吐息」「風」が、「透明に青み」「うす青く」「狂うほど美しく」染められ、抽象度が高くなる。ナンチは「南
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