辺見庸『眼の海』を読む/石川敬大
たがいに舫いあっていた。ナンチにはまったく大したことのない現在があり、短か
すぎる過去となにもない未来を風景の緑ににじませていた。
( 中略 )
冬場の未明、ナンチの赤い入江の上空は星々がもうすきまのないほどに増えて、万年前や千年先の気配に満ちるの
だった。わたしは円盤を見にいこうと家をぬけだした。入江に着くと、円盤はもう飛びたっていてひとつもなく、
星あかりにほのめく水際には、警察官の長女やジョロヤの女たち、カツヒコちゃん、髪ふりみだしたオイシさん、
松林で首を吊った青年、厩舎の大男や女、宣教師たちが入江をかこむようにぼうっと両手を垂らして葦の
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