帰る(五月雨降られ)/AB(なかほど)
来する
らしい
その屋敷の鬱蒼とした
木立の合間から見える月よりも
その葉々に当たる雨音の方が
よっぽど いいよ
と言ったのは
幼い頃からその旅館前を通学路にしていた
君の言葉だった
田舎から進学のため上京した僕には
そのあかぬけた標準語に
浅い嫉妬のようなものもあったが
もうそんな言葉も
聞く事はないのだろうと思いながら
千鳥町の駅で降りた
いつもの旅館で素泊まりを頼むが
いつもと違って
テレビも点けずに
窓を少し開ける
自転車の音
子供の帰る声
シャッターを閉める音
客の出入りを検知するチャイムの音
葉ずれの音
踏み切りの音
雨の音はまだ聞こえ
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