谷川雁論??自己愛と自由/葉leaf
 
うとするこの傾向は自己欺瞞である。自分が自由で不安な存在と分かっていながらそれを自ら隠そう・騙そうとするからである。
 対自は何らかの状況に直面している。この状況は誰も代わりに引き受けてくれはしない。だから、対自は、現にある状況から自己を解放し、目的に向かって新たな状況に自己を拘束する。この自己拘束(engagement)とは、自己をつくることで状況をつくり、状況をつくることで自己をつくることである。
 対自は状況において他者に出会うが、他者もまた自由な存在である。対自は、他者によって、何者であるか認められることによって、初めて何者かになるのである。自由な主体は無限に多数であり、他者はその無数
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