浮遊霊/ホロウ・シカエルボク
 


死神の舌のような夕暮れのなかを、ひとりの少年が路地の影に向かって歩いてゆく。かれには親が無く、生い立ちが無く、名前が無い。まともな言葉を知らず、まともな服を持たず、まともな道徳を持たない。理由が無く、意思が無い。姿無き糸、姿無き指に操られるように、路地の影に向かって歩いてゆく。他にすることが無いからこの街にある路地をすべて歩いた。もう誰もかれ以上にこの街の路地を歩いたものはいない。かれは鳩が地形を記憶するみたいにこの街の全ての路地の出来事を記憶している。たとえば今日、どの路地でネズミが毒団子を食べて死んでいたか、どの路地で少女が変質者にひどい目にあわされたか、かたちのよく判らないかげのよう
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