殿岡秀秋小論/葉leaf
 
値ある現在と別れなければならない。そこで、お互いに惜別の念を抱きながら見捨て合うが、そのときの形見として記憶が残るのである。人間は記憶をいつまでも愛玩し続ける。現在に対する愛情は比較的無差別で薄いものであるが、過去に対する愛情は、差別的で強いものである。
 引用部を見ると、殿岡は母に頬を打たれた記憶を書いている。母に打たれた瞬間、殿岡にとってその経験はあまりにも過剰であり、それをどうとらえてよいかわからなかっただろう。どうとらえてよいかわからないままその瞬間は去っていき、だが、それほど衝撃的な瞬間であったから、殿岡のその瞬間に対する愛情も強かった。それは選び取られ、細部を削ぎ落とされ、強度を落と
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