レンズ/草野春心
そこに落ちかかった
漆黒の髪の、一つ一つは今も
ほろ苦い蜜の香りを発している
どの一枚にも
僕は映っていない
僕はレンズのこちら側にいたから
映っているのは君の横顔と
その時々の風景
たとえば、
石神井池のベンチで
君は数羽の鴨を眺める
初秋、柳の葉が君の
つむじのあたりを撫でている
たとえば、三鷹のコンビニ前で
六月の雨に眉をひそめ君は
透明な傘を開こうとしている
映っているのは
十二人の
君の横顔
僕は、十二個のレンズの
こちら側
君の住んでいた
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