堕胎/草野春心
 
 買ったのは僕
  でも別に使うあてもなかった
  誰のためでもなかった
  誰のものでもなかった
  けれども女は言ったのだ
  私のものだ、と
  その言葉は
  僕をかなしくさせる
  師走の風の刃は
  皮を剥ぐように背中に切り込む
  朝の道には
  まだ誰も歩いていない



  結局
  手ぶらのまま
  僕は家に帰る、それは勿論
  家というには不十分な安アパートで
  錆びたドアノブに触れるだけで
  誰しもがうんざりしてしまう代物
  それでも
  その
  冬が始まりかけていた朝
  玄関には、どこか懐かしい
  女物の靴が並
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