堕胎/草野春心
買ったのは僕
でも別に使うあてもなかった
誰のためでもなかった
誰のものでもなかった
けれども女は言ったのだ
私のものだ、と
その言葉は
僕をかなしくさせる
師走の風の刃は
皮を剥ぐように背中に切り込む
朝の道には
まだ誰も歩いていない
結局
手ぶらのまま
僕は家に帰る、それは勿論
家というには不十分な安アパートで
錆びたドアノブに触れるだけで
誰しもがうんざりしてしまう代物
それでも
その
冬が始まりかけていた朝
玄関には、どこか懐かしい
女物の靴が並
[次のページ]
戻る 編 削 Point(14)