遺書にはならない足跡/セグメント
 
ことを。それが単なる甘えだと評されるならば、それはそれで仕方のないことだ。人の価値観は多種多様で、考え方も判断基準も全てが異なり、それこそ私と全く同じ価値観の人間など、おそらくこの世にひとりだっていないのだから。
 だが、多くはないかもしれない私の友人の中に、ひとりだけでもいい、私の苦悩とでも言うべき悲嘆とでも言うべき絶望とでも言うべき薄暗い部分を否定せず、受け入れるとは言わないまでも、たとえ表面上だけでも理解してくれる人が、いはしないだろうか。
 本当の意味で相手のことを分かるなどということは生涯を懸けても不可能だろう。それを少し、さびしいとは思う。だが、それは仕方のないことだ。繰り返しにな
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